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石巻の復興
- 2011/04/27(Wed) -
今回で4度目の被災地入り。
石巻に訪れる度に思うことがあります。
街の様子がどんどん変わって行くのが目に見えて分かることです。
一番最初に石巻の街の中に入った時は、津波で流されてきた船や車のがれきで道が通れないところが多く、街が迷路状になっていました。一度関西に帰り4~5日経って再び石巻に戻ってきた時には、道の上にあったがれきは自衛隊によって道の端に寄せられ車が通りやすくなっていました。
3度目の時には、なんと、いくつかのお店がオープンしていました。
そして4度目の今回、石巻の街に入った瞬間。潰れた車がきれいに撤去されていて街が見違えるようになっていたのでした。 パチパチ
「スゲー!! さすが日本の復興能力は半端ないわぁ」って、思わず叫んでしまいそうになりました。

でもきれいになっていたのは街の目抜き通りや玄関付近だけで、海に近づけばやはりまだまだ手をつけられていない所がいっぱいでした。

さて今回の最初の目的は、緊急車両証明書の期限が切れるので警察で更新することでした。これがあると高速代がタダになるからです。
だけど大阪の警察ではもう発行できないと言われてしまいました。
同じ支援活動をしている仲間の情報では石巻なら高速代をタダにするための許可書がもらえると教えてくれたので、今回は真っ先に石巻の警察に行きました。でもやはり緊急車両の許可書の発行は、地震による道路の通行止めが現在は解除されているため今はどこも発行してないんだという。
ガセネタだったのかと思い、あわてて仲間に連絡をしてみると、それは今まで僕らが警察から取得していた緊急車両証明書ではなく、「災害派遣等従事車両証明書」という行政で発行している物であるのがわかった。
石巻警察からあわてて車を走らせ石巻市役所に向かった。役所が閉まる時間ギリギリでなんとか間に合い、とうとう「災害派遣等従事車両証明書」をゲットできました。
今回所得したのは乗ってきたナッツのハイエースとマイクロバス二台分。

石巻の市の職員さんは、住居の被害状況を証明する「り災証明」について住民の人達からの電話対応に追われてフラフラになっていた。でもひとりひとりの気持ちを考え丁寧に対応している職員さんを見ていると、なんかかわいそうになってくる。他の県から代わりは来れないのかなぁ……。

翌日の朝……。
石巻市の街は真っ白になっていた。なんと昨晩大雪が降り10㎝ほど雪が積もっているのだ。
大阪との気温の違いにかなり驚きました。

今日は、あまりボランティアの手が入っていない牡鹿半島に行ってきました。
まずは、役場に行って避難所のリストと被害状況を確認しどこが一番生活が大変そうなのか聞いてみると。
小渕個人宅という避難所? が話にあがった。ここには約400人が19件のお家のそれぞれ納屋や倉庫などにちらばり生活しており、全てのライフラインが未だ通っていない場所が多いと聞きました。

P1010396.jpg


どうやって物資などの配給を受けているのか気になりました。通常こういった個人宅など小さな避難所が集まった場所には、小学校や公民館など大きな避難所よりも物資が届きにくい傾向があったからです。

役所の人に聞いてみると潰れたコンビニがこの避難所群の拠点になっているというので、早速足を運んでみることに……。

ここには20人くらいの人達が集まっており、物資が届くのを待っている様子でした。小渕地区をまとめている代表のおじさんがいたので話を聞いてみることに……。

自衛隊からの物資は近くの中学校に届くので、小渕地区の人達の分は、人数分このコンビニに一旦運び、そして19件のそれぞれ避難所の代表の人が、このコンビニの物資を取りに来るのだそうです。
朝の9時と3時に代表が集まり、ミーティングも行うのだそうです。
さすが、田舎の人は結束力が強いなぁと思いました。3時のミーティングに僕も参加させてほしいと頼みました。

「困っていることは何ですか?」と聞いてみると、政府が被災地の人達について今後どう対応してくれるのか、計画を全く教えてくれないというのが一番の悩みらしいです。
いつ仮設住宅がこの地区にできて、自分たちがまた新たにこの地で仕事を再開できるのはいつになるのかと……。
政府からは全く希望を持たせてくれる話がおりてこないということでした。

「ここは漁師街。私たちは漁師以外の仕事なんてできないんです」

おじさんが、みんなの思いを語ってくれました。

「でも今後仕事で使う船は、津波に飲み込まれて無いんじゃないですか?」と聞くと

船はほとんど無事だったのだという。

「どういうこと?」と聞くと、 どうやらこの漁師街では津波警報が出たら船を沖に出すのが鉄則なのだという。だから漁師のおっちゃん達は津波から逃げるんじゃなしに逆に波に向かって突っ走ったんだという。

スゲー!! かっこいい!!

やっぱ漁師はたのもしいなぁ……。

でも港が地盤沈下で沈んでいて船を着けれないらしく沖でイカリを下ろし船生活している漁師もいるみたいだ……。

P1010402.jpg

あと今すぐの悩みはやはりなかなかお風呂に入れないのが辛いと言っていました。

3時になり大量の水が運ばれてきたので荷物運びを手伝いました。僕らが持ってきた食材も一緒に降ろした後、いくつか避難所をまわってきました。今の要望はやはりお風呂っぽい。
それを聞いた僕は今後マイクロバスを持ってきて温泉ツアーを企画しようと思いました。



その日の夜、4/1からオープンしたというスナックに行ってみました。ここは同じ支援活動仲間のお母さんの経営しているお店でした。
飲み屋とかなら色んな住民の生の情報が聞けると思ったのと、お酒をかわしながら住民の人達と会話をしたいと思ったからです。
そこでひとりで飲みに来ていたお兄さんの話が聞けました。今回の津波で彼女が亡くなったんだという。
津波で一緒に高台に逃げたんだけど、水が引いたあと彼女は自分のお家に大事な物があるといいひとり家に帰ってしまったのだという。そのあと二度目の津波(こっちの方が大きかった)が襲ってきて彼女のお家が津波に遣られてしまった。波が完全に引けたあとお兄さんが彼女を探しにお家に行ってみると玄関に彼女の遺体があったのだという。
家を出る寸前に津波に襲われたんじゃないのかと言っていました。
そんなお兄さんの心の支えになっているのは、ここのスナックのお母さんのようでした。
3人で行ってビールやお酒料理も3品くらい食べさせてもらっているのに、一人1千円でいいよって……。
「そんなわけにはいかないよ」って言ったけど、それ以上は断固として受け取ってもらえませんでした。おまけに焼酎もお土産に……。
なんか申し訳ないなぁ。でもその分期待されてると思い頑張らないと、と思いました。

翌日、朝8時にNPOのミーティングに参加して今回の炊き出しの人員をゲット!!
5人で湊地区の炊き出しに行ってきました。今回の炊き出しメニューは、ヤキソバとチャーハンと中華スープ。中華鍋などの道具は大阪の道具屋筋で購入してきました。四万十塾のとーるさんが、僕のためにわざわざ超高火力のバ-ナーを取り寄せてくれてたのでそれを借りてチャーハンを作りました。パラパラチャーハンは火力が命!!

まず地元の代表のおばちゃんに炊き出しのセッティング場所を聞いて準備開始。代表のおばちゃんが「手伝おうか?」って言ってきたから「うんお願いします」ってことで地元のおばちゃんトリオ3名が手伝ってくれました。代表のおばちゃんのお家ではボランティアによる泥だしが行われていて旦那さんが家の中で支持を出していました。
東北のおばちゃん達は野菜を切るのが早い!! 僕らだけでは準備が間に合わなくなりそうだったけどおばちゃん達のおかげであっという間に準備が整った。

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いつの間にか人の列ができていた……。
僕の横でチャーハンを皿に盛ってくれてたおばちゃんが、「見て私の服装!! 上から下まで全部物資やねんで、家も職場も全部津波で流されたけど、ある意味なにもない方が気持ちがすっきりしてるわ」だって……。
何もないのに前向きなおばちゃんが頼もしく思えました。
炊き出しの定番、味噌汁やカレーばかりを食べている住民さんには中華料理は新鮮だったみたいで、みんな凄く美味しいって言ってくれました。「あたりまえやん、僕は、元中華料理屋経営しててんで」っていうたら、「おおー、なんか手さばきが違う思ってたわ」と言われ少し照れてしまいました。
しかし100人前以上のチャーハンを作っているとさすがにだんだん腕が上がらなくなってくる……。

P1010453.jpg

なんとかさばききったあとおばちゃんがコーヒーをみんなに出してくれ、ちょっと一息。
代表のおばちゃんがぼっそっと言った「なんか、してもらってるだけじゃあかんなって最近思ってきたわ……。私らはこうやって手伝うことしかできひんけど、やっぱ自分たちも動かないとだめやと思う……」

それを聞いたとき、この地域の炊き出しも数日後には自分たちの力ではじめるようになるんじゃないかと思えました。僕らはいつかはこの地域から離れていく存在。そのうち自分たちの力でどんどん復興していくんだろうなぁ……。と確信してきました。
今回の地震で街自体が壊滅状態になってしまい。最初この地に来た時は復活するのは無理なんじゃないのかと正直思いました。でも時間が経つにつれ少しづつでも確実に復興に近づいているのを僕は感じています。

この街が再生していく様子をこの目で見届けたいなぁ……。

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